ワタミの業績回復と離職率低下 ~ブラック企業の代名詞は如何にしてホワイト企業へと変わったか~

ワタミの業績回復と離職率低下 ~ブラック企業の代名詞は如何にしてホワイト企業へと変わったか~

ブラック企業の象徴「ワタミ」が変わる?

ブラック企業の象徴「ワタミ」が変わる?

過労自殺や懲戒解雇をめぐり批判が噴出、「ブラック企業」のイメージがすっかり定着したように思えるワタミ。2015年3月期に128億円の最終赤字を計上するなど深刻な経営不振に陥ったものの、倒産寸前とまで言われた業績はここ数年で急速に回復を果たし2017年4月~12月期の連結決算で純利益が3億1700万円となったことが発表されました。

また2013年に42.8%だった離職率は年々改善され、17年には8.7%と外食産業の平均離職率30.0%(平成29年雇用動向調査 産業別の入職と離職 -厚生労働省-)と比べても大きく下回る結果を残しています。

ここ数年「業務改善委員会」や「コンプライアンス委員会」を中心にワタミが取り組んできた積極的な働き方改革が功を奏した結果と言えるでしょう。

一時は地に落ちた「ワタミ」のブランドは、如何にしてここまでの回復・改善を行う事が出来たのでしょうか。

居酒屋や外食産業での風評対策、ウェブ評判管理を語るにあたり、業界のリーディングカンパニーであり、良くも悪くも外食ビジネスの象徴的な存在であるワタミを避けて通ることはできません。
ワタミブランドの毀誉褒貶を辿ることで、ブラックといわれがちな外食産業が直面する課題や適切な評判管理、風評対策のあるべき姿が見えてくるようにも思われます。

本稿では、ウェブ評判管理の視点からワタミの経営不振とそこからの奇跡的な回復について論じてみたいと思います。

ワタミと「ブラック企業大賞」

ワタミ株式会社は、創業者の渡邉美樹氏によって1986年に設立され、当初は「つぼ八」のフランチャイズとしてスタートしました。
4年後の1992年に自社ブランド「和民」の1号店を笹塚に出店したのを皮切りに次々と直営店舗をオープン、若者のコンパや宴会需要を取り込みながら順調に事業を拡大してゆき、2000年には東証一部上場を果たします。

2005年ごろから中国や台湾への出店を開始、海外事業を本格化させる傍ら、翌年の2006年には介護事業に進出し、ワタミの介護株式会社を立ち上げるなど矢継ぎ早に多角経営をスタートさせます。
本業の傍ら、代表の渡邉氏が都知事選に打って出るなど順風満帆そのものに見えていましたが、そのころから賃金未払い問題が各所で噴出、労働基準監督署から是正勧告を受けるなど数々の問題がクローズアップされるようになっていきました。

そんなワタミが、「ブラック企業大賞」の第一回市民賞を図らずも受賞したのが2012年のことでした。
そもそも「ブラック企業」という用語は2000年代前半、派遣法施行に伴い非正規雇用者が誕生し、雇用の在り方に大きな格差が生まれたあたりから2ちゃんねるを中心に使われだした言葉だと言われています。当初はネットスラングであったものが、過労死やサービス残業問題が各所で噴出しだした2000年代後半には広範な社会問題としてマスコミにも取り上げられるようになりました。その一つの象徴的出来事がブラック企業大賞の設立というわけです。

2012年の第1回で大賞を受賞した東京電力はその前年、福島原発問題を起こしているため別格的な選出としても、ワタミが市民賞、「すき家」のゼンショーホールディングスが特別賞を受賞している点は注目に値するでしょう。つまり、設立当時からすでに外食産業はブラックな業界として広く認知されていたということです。
なかでもこの受賞によって、ブラック企業としての「ワタミ」のイメージは拭いがたいものになりました。ブラック企業の特集がテレビや雑誌で組まれるたびに必ずといっていいほどその名があがることで、ブラック企業=ワタミのイメージが浸透していったのです。

ブラックの象徴、ワタミの誕生というわけです。

渡邉氏へのバッシングと業績悪化

ワタミと「ブラック企業大賞」

数ある外食企業の中で、ワタミが「ブラック企業」として取り立ててやり玉にあげられたのはなぜでしょうか。
数々の集団食中毒、賃金未払いや過労自殺問題や訴訟を抱えていたこと、外食産業の雄として象徴的に扱われやすかったことなど、その理由はいくつか考えられますが、わけても代表の渡邉美樹氏のキャラクターによるところが大きかったのではないかと考えています。

企業にとって代表者の人柄や言動はその企業そのものといっていいほどの影響力をもちますが、ワタミについてもそれは例外ではありません。

渡邉氏はブラック企業大賞受賞の翌年にあたる2013年に参議院選挙に出馬し、比例区で当選した際にも過激な言動で炎上しましたが、氏はテレビ番組や雑誌インタビューなどで過激な発言をするたびに数々の炎上を繰り返してきました。氏は意図的に炎上させることで衆目を集め、お茶の間に話題を提供しているように見受けられるところもあり、炎上マーケティングの先駆者的存在であるといってもあながち過言ではないでしょう。

有名なものとしては2006年、テレビ東京の「カンブリア宮殿」に出演した際の次のような発言がありました。
渡邉氏は「よく『それは無理です』って最近の若い人達は言いますけど、たとえ無理なことだろうと、鼻血を出そうがブッ倒れようが、無理矢理にでも一週間やらせれば、それは無理じゃなくなるんです」と発言し、司会の村上龍氏を唖然とさせたことがありました。このあたりから、渡邉氏はブラック経営者として世間に認知されていったものと思われます。

ブラック経営者としての渡邉氏、ブラック企業としてのワタミが広く人口に膾炙しはじめた時期と、それまで一貫して好調だった業績が下降線をたどり始めた時期が重なっているのは偶然ではないでしょう。

ブラック企業大賞を受賞した翌々年にあたる2014年、不採算店舗102店を閉鎖し上場以来初の営業赤字に転落すると、その後値下げや称号変更、経営陣の刷新にもかかわらず客離れの加速は避けられず、一時は倒産のうわさがでるほどの深刻な経営不振に陥ったのでした。

V字回復のための戦略

V字回復のための戦略

ワタミが深刻な経営不振から脱却するためにとった新戦略は、業界をあっと言わせるものでした。

それまで文字通り看板であった『和民』の屋号を廃し、順次「ワタミ」の名前を隠した新屋号『ミライザカ』『三代目鳥メロ』へと架け替えを行っていったのです。

このことはワタミの店舗数推移を見れば明らかです。2018年2月時点での国内店舗数は472店、そのうち『和民』『坐・和民』『わたみん家』など「ワタミ」を含む屋号が160店、新屋号『ミライザカ』『三代目鳥メロ』が225店に上ります。16年度末と比べると、和民系は145店減り、新屋号は135店増加しており、「脱和民」戦略、看板架け替え戦略は明確な目的を持って進められてきました。

そもそも「ワタミ」という名前は、創業者「ワタナベミキ」の頭文字からとられていること、直営を社是とし一貫してフランチャイズ展開をしなかったことなどからもわかる通り、経営陣からしてみれば並々ならぬ思い入れがあるブランド名だったはずです。

その象徴的な『和民』ブランドを捨て、ワタミであることを隠してまで新業態を模索しなければならなかった経営判断がいかに苦渋の選択であったかは想像を絶するものです。それだけワタミの経営不振が深刻で、のっぴきならない状況まで追い込まれていたということが言えるかもしれません。

ともあれ、ワタミ系列であることを隠す「脱和民」戦略は経営的には成功しました。
2017年4~12月期連結決算を見ると、営業損益が5億2500万円の黒字、最終損益が3億1700万円の黒字となり、両損益がともに黒字となるのは16四半期、実に4年ぶりのことになります。つまり新戦略へのかじ取りによって、2012年のブラック企業大賞受賞以来はじめての黒字に転換したのです。

それと同時に平均公休日数の増加・平均残業時間の削減・勤務インターバル制度の導入といった働き方改革にも積極的に尽力し、女性の育児休業取得率100%を達成するなど、「ワタミ」が働きやすい会社として生まれ変わっていった事も売り上げを牽引する要因の一つになったと言えるでしょう。

『脱和民』にとどまらず様々な企業努力が実を結んだ結果、ワタミの売上は回復し「ブラック企業」のイメージは徐々に払拭されつつあります。
社を上げて行った働き方改革と宅配事業の増収や低価格路線の奏功などの複合的要因があって初めてなしえたことであるとは言えますが、その裏に並々ならぬ努力があったことは言うまでもないでしょう。

いずれにせよ、ブラック企業としての汚名を冠せられたワタミの七年間の業績推移を見れば、ブラック批判がいかに客離れを加速させるか、そしてそこから復帰するのはどれだけの労力とコストが必要かは、あらゆる業界が自分事として考えておかなければならない事象であると言えるでしょう。

企業の評判管理がいかに重要か

ワタミのブラック批判はウェブから始まり、社会現象にまで広がっていきました。コンプライアンスや労働環境整備をはじめ、代表者の言動に一層気を配ること、ウェブでの評判管理を行い、つねに自社がウェブでどう見られているのかを適切に把握しておくことが如何に大切かお分かりいただけたでしょうか。

ワタミの例に限らず、ウェブでの評判が悪化することで社名を変えることを余儀なくされたといった事例は枚挙にいとまがありませんし、そこから復調できずにお店をたたむ判断を迫られることも可能性として0ではありません。
この事からも、つね日ごろから適切な評判管理に注意を払うべきなのは明白です。

ワタミのように「ブラック企業」の代名詞として祭り上げられた状態から「ホワイト企業」へと変革を行っていく事ができる企業は限られているのが現実です。
汚名による経営不振を防ぐ為にも、まずは自社のウェブでの評判を適切に把握することからはじめるべきでしょう。ワタミの轍を踏まないためにも、明日は我が身として早期の対策が行われることを望みます。